
熱意が空回りしない!空き家活用を導くワークショップ設計マニュアル
空き家・空き店舗活用プロジェクトで陥りがちなワナ
「あの空き家を何とかしたい」「商店街に再び賑わいを取り戻したい」という熱い想いは、まちづくりの何よりの原動力です。しかし、その情熱だけで突き進むと、思わぬ落とし穴にハマってしまうことがあります。
私がこれまでの経験で見てきた中で、特に多くのプロジェクトが陥りがちなワナは、主に以下の二つです。
ワナその1:目的が「空き家を埋めること」になってしまう
空き家や空き店舗を見ると、とにかく早く入居者を決めなければ、という焦りが生まれるのは自然なことです。しかし、「空き家を埋めること」そのものが目的になってしまうと、プロジェクトは本質を見失います。
例えば、カフェを開きたいという人に空き店舗を貸し出したとします。しかし、その地域に元々カフェを必要とする人がいなかったり、競合店がすでにあったりすると、そのカフェは長続きしません。結果として、またすぐに空き家に戻ってしまいます。これは、まるで目の前の空腹を一時的に満たすためだけに、その場しのぎの料理を作るようなものです。本当に必要なのは、その地域に住む人々が「どんな暮らしをしたいか」「どんなお店があれば、もっと豊かになるか」を深く考えることです。
大切なのは、空き家という「箱」をどう活用するかではなく、その活用を通じて「どんなまちの未来をつくりたいか」という本質的な問いから始めることです。この目的が曖昧なままプロジェクトを進めると、関係者の意見もバラバラになり、結局、誰のためにもならない結果に終わってしまいます。
ワナその2:専門家任せで「他人事」になってしまう
空き家・空き店舗の活用は、法務、建築、マーケティングなど、多岐にわたる専門知識が必要です。そのため、多くのプロジェクトでは、外部のコンサルタントや専門家への業務委託に頼りがちです。専門家の知見を借りることは非常に重要ですが、彼らに「丸投げ」してしまうと、大きなリスクが生まれます。
なぜなら、専門家はあくまで「特定の技術」を持った外部の人間だからです。彼らは地域の文化や住民の想いを、私たち行政職員や地域の皆さんのように深く理解することはできません。彼らが作った計画は、理路整然としていても、地域の「らしさ」や「熱」が欠けている場合があります。住民の方々から見れば、それは「誰かが勝手に決めた計画」となり、当事者意識が芽生えないまま、プロジェクトは地域の力で継続できなくなります。
まとめ
空き家・空き店舗活用プロジェクトは、単なる不動産活用ではありません。それは、地域の未来を住民や関係者全員でつくり上げていく「共創のプロセス」です。この章でお話しした二つのワナを避けるためには、最初から関係者全員を巻き込み、対話を通じて共通のビジョンを描くことが不可欠です。次章からは、そのための具体的な手法として、ワークショップ設計の第一歩について解説していきます。
ワークショップを始める前に:プロジェクトの「なぜ」を掘り下げる
第1章では、空き家・空き店舗活用プロジェクトで陥りがちなワナについてお話ししました。そのワナを避けるための強力なツールこそが、関係者全員を巻き込むワークショップです。
しかし、ただ「ワークショップを開催すれば良い」というわけではありません。効果的なワークショップの鍵は、始まる前の「準備」にあります。その中でも最も重要なのが、「なぜ、私たちはこのワークショップを開くのか?」という問いを、徹底的に掘り下げることです。
これは、まるで料理を始める前に、何の料理を作るか、誰に食べてもらうかを決めるようなものです。目的が曖昧なままでは、どんなに立派な食材(参加者)がいても、ちぐはぐな料理(成果)しか生まれません。
ワークショップの目的を明確にする2つの視点
ワークショップの目的を掘り下げるには、以下の二つの視点を持つことが重要です。
1. 行政側の「実現したいこと」行政として、このワークショップを通じて最終的に何を実現したいのかを明確にします。例えば、「空き家情報の収集」「活用アイデアの発掘」「具体的な事業計画の策定」など、最終的なアウトプットを具体的に言語化します。これは、ワークショップのゴールを示す羅針盤になります。 |
2. 参加者側の「得たいこと」住民、事業者、NPOなど、様々な立場の参加者が、このワークショップに参加することで、どのような価値を得られるのかを考えます。例えば、「地域の未来について意見を言える場」「自分のアイデアが形になるチャンス」「新しい仲間との出会い」などです。参加者が「自分事」として捉えられるような、魅力的な目的を設定することが、当日の熱量を高める鍵となります。 |
この二つの視点を持ち、行政の目標と参加者の期待をすり合わせることで、誰もが納得できる、そして「参加してよかった」と思えるワークショップの設計が可能になります。
「誰を呼ぶか」を考えるための3つの視点
目的が明確になったら、次に考えるべきは「誰をワークショップに呼ぶか」です。ここでも、単に公募するだけでなく、戦略的に参加者を考えることが重要です。
1. プロジェクトの「キーマン」プロジェクトの核となる人物、例えば空き家の所有者や、地域活動の中心人物など、その人が参加することでプロジェクトが大きく動き出す可能性のある人です。彼らの参加は、プロジェクトの説得力や実行力を高めます。 |
2. 多様な「視点」を持つ人年齢、職業、居住年数、空き家に対する考え方など、多様な視点を持つ人を意図的に集めることが大切です。多様な意見が飛び交うことで、予想もしなかったアイデアや課題が見つかることがあります。 |
3. 「協働者」になりうる人単なる意見表明で終わるのではなく、ワークショップ後のプロジェクトに、具体的な役割を持って関わってくれる可能性のある人です。例えば、建築士、デザイナー、商店主など、それぞれの専門性を活かして、今後のプロジェクトを一緒に進めてくれる人です。 |
まとめ
ワークショップは、単なる会議ではありません。それは、地域の未来をデザインする「共創の場」です。その第一歩は、目的と参加者を徹底的に考え抜くこと。この土台がしっかりしていれば、ワークショップは必ず成功へと繋がります。
「やってみたい」を引き出す発散ワーク設計のコツ
第2章で、ワークショップの目的と参加者を明確にすることの重要性をお伝えしました。土台が固まったら、いよいよ本番です。第3章では、参加者の「やってみたい」という気持ちを引き出し、ユニークなアイデアをたくさん生み出すための「発散ワーク」のコツについて解説します。
この発散ワークは、まるで料理の材料をテーブルいっぱいに広げるようなものです。どんな料理になるか決める前に、まず「何が使えるか」をすべて出し切る。この段階では、アイデアの良し悪しを判断するのではなく、とにかく量と多様性を重視することが重要です。
アイデア発散ワークを成功させる3つのルール
発散ワークを効果的に進めるには、参加者が自由に意見を出しやすい雰囲気を作ることが不可欠です。そのために、ワークショップの冒頭で以下の3つのルールを共有しましょう。
1. アイデアに良い悪いはない「こんなこと言ったら笑われるかな」といった不安を取り除き、どんな突飛なアイデアでも歓迎する姿勢を示します。これにより、参加者の心理的なハードルが下がり、発言が活発になります。 |
2. 他人のアイデアを否定しない意見の対立を防ぐために、他人のアイデアを頭ごなしに否定することを禁止します。「それは難しい」ではなく、「そのアイデアをさらに良くするには?」と前向きな姿勢で議論を進めるよう促します。 |
3. 質より量を重視する完璧なアイデアを一つ出すことよりも、とにかくたくさんのアイデアを出すことを目標とします。たくさんの中からこそ、本当に価値のあるアイデアが見つかります。 |
実践!空き家・空き店舗に特化した発散ワークの進め方
それでは、具体的なワークショップの進め方をご紹介します。空き家・空き店舗活用に特化した発散ワークでは、アイデアを「利用者」「用途」「まちへの効果」の3つの視点から考えるのが効果的です。
ステップ1:空き家・空き店舗の魅力を再発見する
まず、ワークショップで扱う空き家・空き店舗の写真を複数枚用意し、参加者全員で共有します。次に、「もしこの場所を使うなら、どんな人が使ってくれるだろう?」や「この場所だからこそできることは何だろう?」といった問いを投げかけ、参加者に自由にアイデアを付箋に書き出してもらいます。この時、具体的な名前や業種にとらわれず、「本を読むのが好きな人」「子どもたちを遊ばせたいお母さん」といった人物像や、「地元の野菜を売る店」「DIYのワークショップ」といった活動内容など、多様な切り口で考えてもらうことが重要です。
ステップ2:アイデアを組み合わせる「化学反応」を起こす
参加者が書き出したアイデアを模造紙に貼り、グループごとに発表し合います。この時、「あ、あのアイデアとこのアイデアを組み合わせたら面白いかも」という「化学反応」が生まれるように促します。例えば、「本を読むのが好きな人」というアイデアと「地元の野菜を売る店」というアイデアを組み合わせることで、「地元の食材を使った料理の本が読めるカフェ」という新しいアイデアが生まれるかもしれません。
まとめ
発散ワークは、多様な視点からアイデアを引き出し、参加者の「やってみたい」という熱量を高めるための非常に重要なステップです。このステップを丁寧に行うことで、次の収束ワークで現実的な事業計画に落とし込むための、豊かな「材料」を揃えることができます。
アイデアを現実のカタチへ:事業計画に落とし込む収束ワーク
第3章では、参加者の熱意を引き出し、ユニークなアイデアをたくさん生み出す「発散ワーク」のコツについて解説しました。テーブルいっぱいに広がった食材(アイデア)を、今度は美味しい料理(事業計画)に仕上げていく段階です。
この段階で重要なのは、ただアイデアを絞り込むのではなく、参加者全員が「これなら実現できそうだ」と納得できる、具体的な計画の骨子をつくりあげることです。ここでは、アイデアを現実的な事業計画に落とし込むための「収束ワーク」の進め方をご紹介します。
収束ワークを成功させる3つの視点
発散ワークで出された膨大なアイデアを前に、途方に暮れてしまうかもしれません。しかし、すべてのアイデアを検討する必要はありません。以下の3つの視点から、有望なアイデアを絞り込んでいきましょう。
1. 地域への貢献度そのアイデアは、地域の課題解決にどれだけ貢献できるか、地域の魅力をどれだけ高められるかという視点です。単なる収益性だけでなく、まちの未来にとって本当に価値があるかを考えます。 |
2. 実現可能性そのアイデアは、予算、人材、技術といったリソースの観点から、現実的に実現できるかという視点です。夢物語で終わらせないために、この現実的な視点は不可欠です。 |
3. 継続性そのアイデアは、一度きりで終わらず、持続的に運営していけるかという視点です。関わる人が喜びをもって続けられるか、収益モデルは成立するか、といった長期的な視点を持ちます。 |
実践!事業計画の骨子をつくる収束ワークの進め方
これらの3つの視点に基づき、参加者が「これだ!」と思えるアイデアを、具体的な事業計画の骨子に落とし込むためのステップです。
ステップ1:アイデアの選定と深化
発散ワークで出たアイデアの中から、上記の3つの視点を踏まえて、有望なものをいくつか選びます。選ばれたアイデアについて、グループごとに「誰が」「いつ」「どこで」「何を」「なぜ」「どのように」の6つの要素(専門用語では「5W1H」)で深掘りします。例えば、「地元の食材を使った料理の本が読めるカフェ」というアイデアであれば、「誰が」運営するのか、「いつ」オープンするのか、「どこで」運営するのか、といった具体的な要素を詰めていきます。
ステップ2:役割分担とアクションプランの作成
アイデアの骨子が固まったら、次にプロジェクトを前に進めるための役割分担を決めます。「この部分は私が担当します」「私はこの人を巻き込むことができます」といったように、参加者自身が主体的に関わる意思表示を促します。これにより、ワークショップで生まれた熱意を、具体的な行動へと繋げるためのロードマップが生まれます。
まとめ
収束ワークは、アイデアを具体的な行動へと変える、プロジェクトの成否を分ける重要なステップです。発散ワークで生まれた熱量を、この段階で現実的な計画に落とし込むことで、参加者全員が「自分たちのプロジェクト」として捉え、自律的に動き出すきっかけが生まれます。
ワークショップの成果を最大化する「次の一手」
第4章で、アイデアを具体的な事業計画の骨子に落とし込む「収束ワーク」について解説しました。ワークショップが成功し、参加者の皆さんが「この計画をぜひ実現したい」と意気込んでいることでしょう。しかし、ここで満足してはいけません。ワークショップは「ゴール」ではなく、「スタート地点」です。
ワークショップで生まれた熱意と成果を、一過性のものにせず、具体的な行動へと繋げるための「次の一手」が非常に重要になります。これを怠ると、せっかく盛り上がったプロジェクトも、時間と共に忘れ去られ、絵に描いた餅で終わってしまいます。
ワークショップ後にすべき3つのこと
ワークショップの成果を最大化し、プロジェクトを着実に前に進めるために、以下の3つのアクションをすぐに実行しましょう。
1. 成果を「見える化」し、共有するワークショップで生まれたアイデアや計画を、参加者だけでなく、プロジェクトに関わるすべての人に共有しましょう。議事録のような硬い文書ではなく、写真やイラストを多用した「ワークショップレポート」を作成するのがおすすめです。このレポートは、プロジェクトのビジョンや熱意を伝えるための強力なツールになります。 |
2. プロジェクトチームを立ち上げるワークショップで役割分担を決めた参加者を中心に、正式なプロジェクトチームを発足させます。このチームが、今後の活動の核となります。定期的なミーティングの場を設け、進捗を確認し、小さな成功体験を積み重ねていくことで、チームの結束力とプロジェクトの推進力が高まります。 |
3. 「最初の一歩」を踏み出す大規模な再開発事業のように、すぐに大きな動きは難しいかもしれません。しかし、重要なのは「最初の一歩」です。例えば、「来週、チームメンバーで現場をもう一度見に行く」「空き家所有者にアポイントメントを取る」など、すぐにでもできる小さなアクションを決め、実行に移しましょう。この小さな一歩が、プロジェクトに確かな勢いを与えます。 |
行政の役割は「伴走者」に変わる
ワークショップが終わり、プロジェクトが動き始めたら、行政の役割も変わります。計画のすべてを主導する「司令塔」から、参加者が自律的に活動できるように支援する「伴走者」へとシフトするのです。住民や事業者の自発的な活動を支えるための情報提供、専門家への橋渡し、必要に応じた助言など、後方支援に徹することが、プロジェクトを持続可能なものにする秘訣です。
まとめ
ワークショップは、地域の未来をつくるための種を蒔く場所です。その種が芽を出し、大きく育つかどうかは、その後のケア(次の一手)にかかっています。ワークショップで生まれた熱意を行動に繋げるロードマップを作成し、参加者全員が「当事者」として関わり続けられる仕組みをつくることが、プロジェクトを成功に導く鍵となるでしょう。
まとめ:ワークショップが生み出す「まちの新しい担い手」
ここまで、空き家・空き店舗活用プロジェクトを成功に導くためのワークショップ設計について、段階的に解説してきました。第1章でプロジェクトのワナを認識し、第2章でワークショップの目的と参加者を明確にする準備を整えました。そして、第3章と第4章では、アイデアを発散させ、現実的な計画に収束させる具体的な手法についてお伝えしました。
そして、第5章で述べたように、ワークショップで生まれた熱意を行動へと繋げるための「次の一手」が、プロジェクトを持続可能なものにする鍵となります。しかし、なぜ私たちはそこまでしてワークショップにこだわるのでしょうか。それは、ワークショップが単なる「アイデア出しの場」ではないからです。
ワークショップの最大の成果は、そこで生まれた素晴らしいアイデアや事業計画そのものではありません。真の成果は、参加した住民や事業者が、まちの課題を「他人事」から「自分事」として捉え、自律的に動き出す「まちの新しい担い手」へと変わっていくプロセスにあります。
私は行政の現場で、多くのプロジェクトが、専門家や行政主導で進められた結果、住民の当事者意識が芽生えず、単なる「ハコモノ」になってしまう姿を見てきました。しかし、ワークショップを通じて、地域の皆さんが自らの言葉で未来を語り、自らの手で計画を立てることで、そのプロジェクトは血の通った、生き生きとしたものに変わっていきます。
もちろん、ワークショップの設計は簡単ではありません。参加者同士の意見の対立を調整したり、議論が脱線しないように導いたりと、多くの困難に直面することでしょう。それは、まるで船を漕ぐ皆の息を合わせ、目的地まで導く舵取りのようなものです。しかし、その苦労の先にこそ、地域の未来を真に動かす力が生まれます。
この記事が、あなたのまちの空き家・空き店舗活用プロジェクトを成功に導く一助となれば幸いです。あなたの熱意が、地域の新しい担い手を育み、未来のまちを築いていくことを心から応援しています。