
国の住宅政策を読み解く! 住生活基本計画(全国計画)の基本と最新動向
まちづくりの羅針盤、国の「住まい計画」を知る意味
日々、地域に根差したまちづくりプロジェクトに取り組む中で、私たちは様々な課題に直面します。土地利用の調整、建物の設計、そして何よりも大切な地域住民の方々との対話。目の前の業務に集中することも、もちろん重要です。しかし、ふと顔を上げて、自分たちの仕事が社会全体の大きな流れの中で、どのような意味を持っているのか考えてみることも、時には必要ではないでしょうか。
なぜ「国の計画」が、私たちのまちづくりに関係あるの?
「国の計画なんて、なんだか遠い世界の話だ」。そう感じる方もいるかもしれません。しかし、私たちが手掛ける一つ一つの開発プロジェクト、例えば市街地再開発事業や新たな住宅地の計画は、単独で存在しているわけではありません。それは、地域全体の、そして日本全体の未来を描く大きなパズルの一つのピースなのです。
日々の業務と大きな流れのつながりを考える
私たちが地域でより良いまちづくりを実現しようとするとき、その根拠や方向性を示すものが必要になります。なぜこの場所にこのような機能が必要なのか、どのような開発が地域住民の幸福につながるのか。こうした問いに対する答えは、個人の経験や感覚だけでは見つけにくいものです。
ここで思考のプロセスとして重要になるのが、「マクロな視点」、つまり社会全体の動きやルールを踏まえることです。個々のプロジェクト(ミクロ)を成功に導くためには、それをとりまく都市計画や法制度、そして国全体の政策(マクロ)という、より大きな文脈の中で位置づける必要があるのです。その「マクロな視点」を与えてくれる重要なツールの一つが、国が策定する様々な計画なのです。
例えるなら、大きな船の海図やオーケストラの楽譜
国全体を一つの大きな船に例えてみましょう。その船が安全に、そして効率よく目的地へ向かうためには、進むべき航路を示す「海図」や、航海の具体的な手順を定めた「航海計画」が不可欠です。国の計画、特にこれから詳しく見ていく「住生活基本計画」は、日本の「住まい」や「暮らし」という船が進むべき方向性を示す、まさに海図のような役割を担っています。
要素 | 例え(船) | 例え(オーケストラ) | まちづくりにおける対応 |
---|---|---|---|
個々のプロジェクト | 船のエンジン整備、客室の改装 | 個々の楽器の演奏 | 建物の建設、区画整理 |
地域全体のまちづくり | 港の整備、航路の安全確保 | パートごとのアンサンブル | 都市計画、インフラ整備 |
国の計画(住生活基本計画など) | 全体の航路を示す海図、航海計画 | 全体の調和を生む総譜(スコア)、指揮者の指示 | 住宅政策の基本方針、法制度 |
あるいは、オーケストラに例えることもできます。素晴らしい演奏のためには、個々の楽器(プロジェクト)が優れた音色を出すだけでなく、全ての楽器が調和し、一つの音楽を作り上げる必要があります。その全体の調和を生み出すための設計図、それが「総譜(スコア)」であり、それを読み解き、演奏全体を導くのが「指揮者」です。国の計画は、この総譜や指揮者の役割に似ており、社会全体の調和のとれた発展(=良いまちづくり)を目指すための指針となるのです。
もし海図や総譜がなければどうなるでしょうか。船は迷走し、オーケストラは不協和音を奏でるでしょう。同様に、国の計画という大きな方向性を理解せずにまちづくりを進めると、社会全体のニーズからずれたものになったり、将来を見据えた持続可能な開発が難しくなったりする恐れがあるのです。
特に「住生活基本計画」が重要な理由
世の中には様々な分野で国の計画が存在しますが、中でも「住生活基本計画(じゅうせいかつきほんけいかく)」は、私たち不動産・まちづくりに関わる者にとって、特に重要な意味を持ちます。
暮らしの根幹「住まい」に関する最上位レベルの計画だから
その理由は、この計画が私たちの生活の基盤であり、まちの根幹をなす「住まい」とその環境(住生活)について、国が定める最も基本的かつ総合的な計画だからです。
法的根拠と位置づけ
この計画は、個別の法律や省令よりも上位に位置づけられる「住生活基本法」(平成十八年法律第六十一号)という法律に基づいて策定されます。具体的には、同法第十五条第一項に「国土交通大臣は、住生活の安定の確保及び向上の促進に関する基本的な計画(以下「全国計画」という。)の案を作成し、閣議の決定を求めなければならない。」と定められており、国の住宅政策全体の方向性を決定づける、重みのある計画なのです。
(根拠法令、住生活基本法 第十五条)
私たちの仕事への影響力
この計画で示される目標や方針は、絵に描いた餅ではありません。それは、具体的な法律の改正(例えば、建築基準法や都市計画法)、新たな補助金制度の創設や見直し、住宅ローン減税のような税制措置、さらには各自治体が作る地域ごとの計画(例えば、立地適正化計画など)に至るまで、様々な形で私たちの実務に直接的、間接的に影響を及ぼします。
例えば、「省エネルギー性能の高い住宅を普及させる」という方針が計画に盛り込まれれば、それを受けて省エネ基準が義務化されたり、高性能な住宅への補助金が拡充されたりする、といった具体的な動きに繋がっていくのです。
まちづくりの「なぜ?」に応えるヒントの宝庫
日々の業務の中で、「なぜ最近、特にコンパクトシティ化が推奨されるのだろう?」「どうして、中古住宅の流通促進やリフォームがこれほど重要視されるようになったのか?」といった疑問を感じることはありませんか。
その答えの多くは、「住生活基本計画」とその背景にある社会情勢の変化(例えば、急速な人口減少や高齢化の進展、空き家問題の深刻化、地球環境問題への対応の必要性など)を読み解くことで見えてきます。
計画が応える「なぜ?」の例 | 背景にある社会情勢 | まちづくりへの影響 |
---|---|---|
なぜ省エネ住宅が重要? | 地球温暖化対策(カーボンニュートラル)の要請 | 建築基準法の省エネ基準義務化、ZEH(ゼッチ)推進 |
なぜ中古住宅活用? | 住宅ストックの増加、空き家問題、新築偏重からの脱却 | リフォーム市場活性化策、インスペクション制度普及 |
なぜコンパクトシティ? | 人口減少、高齢化、インフラ維持コスト増大 | 立地適正化計画、居住誘導区域の設定 |
このように、計画を深く理解することは、目の前のプロジェクトが持つ社会的な意義や価値を再認識し、地域住民や関係各所に対して、より説得力のある説明を行うための強力な武器となります。
この記事で、皆さんと一緒に目指したいこと
計画の中身を「自分ごと」として捉え、未来を読み解く
この一連の記事では、特に2026年3月に見直しが予定されている、新しい「住生活基本計画」に焦点を当てていきます。その計画がどのような背景から生まれ、どんな内容が盛り込まれそうで、そしてそれが、私たちの日々の「まちづくり」という仕事に、具体的にどのような影響を与え、どのようなチャンスや課題をもたらすのか。
専門的な内容も含まれますが、できるだけ専門用語には補足説明を加え、例え話を交えながら、初めてこのテーマに触れる方にも理解していただけるように、順を追って丁寧に解説していくことを目指します。
変化に対応し、未来を創る仕事のために
国の計画という、一見すると遠大で抽象的に見える「マクロな視点」を身につけること。それは、変化のスピードが速い現代社会において、社会のニーズを的確に捉え、法的にも社会的にも正当性のある、そして何よりも地域の人々に喜ばれる、持続可能なまちづくりを実現していく上で、不可欠な素養だと考えます。
これから日本の「住まい」と「まち」が、どのような未来に向かおうとしているのか。その大きな方向性を示す「住生活基本計画」という羅針盤を手に取り、その中身を一緒に探求していきましょう。この学びが、皆さんの日々の業務に新たな視点をもたらし、自信を持って未来のまちづくりに取り組むための一助となれば幸いです。
1.住生活基本計画とは何か、その基本を解説
先ほど、国の計画がまちづくりにおける「羅針盤」のような役割を果たすというお話をいたしました。それでは、その中でも特に重要な「住生活基本計画(じゅうせいかつきほんけいかく)」とは、一体どのようなものなのでしょうか。ここでは、その基本的な性格や仕組みについて、順を追ってご説明いたします。
ステップ1、法的根拠について。「国の定める計画」です
住生活に関する基本法が存在します
まず重要な点として、この計画が特定の意図によって任意に作られるものではなく、「住生活基本法」という法律に基づいて策定される、国の正式な計画であることをご理解ください。
住生活基本法とはどのような法律か
これは、2006年に制定された法律であり、「国民が豊かな住生活を営むことができる社会の実現」を目指し、住生活の安定確保および向上に関する基本理念や、国、地方公共団体、住宅関連事業者の責務などを定めています。
(根拠法令、住生活基本法 平成十八年法律第六十一号)
法律により計画策定が義務付けられています
そして、この法律の第十五条において、「国土交通大臣は、住生活の安定の確保及び向上の促進に関する基本的な計画(以下「全国計画」という。)の案を作成し、閣議の決定を求めなければならない。」と規定されています。
つまり、国が責任をもって策定する計画
したがって、これは国が策定を義務付けられている、非常に重要な計画であるということです。
(根拠法令、住生活基本法 第十五条第一項)
閣議決定(かくぎけってい)とは
これは、内閣総理大臣および全ての国務大臣で構成される会議(閣議)において、政府の重要方針として正式に決定されることを指します。国の最高レベルでの意思決定と言えます。
ステップ2、計画の「目標」の変遷。「量」から「質」へ
かつては「住宅の量的確保」が最優先でした
過去を振り返りますと、戦後の復興期や高度経済成長期においては、深刻な住宅不足が社会問題となっていました。そのため、当時の国の住宅政策における最大の目標は、「住宅の絶対数を増やすこと」、すなわち「量の確保」に置かれていました。
これは、食糧が不足していた時代に、まずは全ての人が食料を得られるように供給量を増やすことが最優先された状況に例えることができるでしょう。
現在は「住生活の質の向上」が目標の中心です
しかし、時代は変化しました。長年の住宅供給の結果、住宅戸数が総世帯数を上回り、量的な充足が一応達成されたのです。それに伴い、新たな課題や国民のニーズが顕在化してきました。
なぜ目標が変化したのでしょうか(その背景)
住宅ストックの量的充足と老朽化
住宅の数は足りるようになりましたが、一方で、既存住宅の耐震性不足や断熱性の低さといった質的な問題や、管理不全による空き家の増加が課題となっています。
社会構造の変化
少子高齢化の進展や人口減少、単身世帯の増加など、世帯構成やライフスタイルが多様化しました。これにより、求められる住宅のあり方も変化しています。
国民の意識の変化
単に居住する場所があるというだけでなく、より安全で、健康的に、快適に暮らしたい、さらには地球環境にも配慮したい、といった国民の意識が高まっています。
こうした社会経済状況の変化を踏まえ、国の住宅政策の重点は、「とにかく住宅を建設する」ことから、「既存の住宅ストックも含め、いかにしてより良い住生活を実現するか」へと移行しました。これが、「量の確保」から「質の向上」への大きな政策転換です。
食事が充足した後には、「より栄養バランスの取れた食事(安全性)」「より美味しい食事(快適性)」「家族団らんを楽しむ豊かな食卓(豊かな暮らし)」を求めるようになることと、類似しているかもしれません。
では、「質の向上」とは具体的に何を指すのでしょうか
「質」という言葉は多義的ですが、この計画が目指す「質の向上」には、例えば以下のような多様な側面が含まれます。
目指す「質」の側面 | 具体的な内容例 |
---|---|
安全、安心 | 耐震性の確保、防火性能の向上、防犯性の向上、ユニバーサルデザイン(バリアフリー等) |
健康、快適 | 省エネルギー性能(高断熱、高効率設備)、良好な室内空気質、適切な広さ、機能的な間取り |
環境への配慮 | 省エネルギー化、再生可能エネルギー利用、長寿命化、3R(リデュース、リユース、リサイクル)の推進 |
多様なニーズへの対応 | 子育て支援機能(収納、間取り)、高齢者、障害者等への配慮(バリアフリー、見守り)、テレワーク等に対応した空間 |
良好な居住環境 | 緑地の確保、良好な景観、生活利便施設へのアクセス、コミュニティ形成、防災機能の強化 |
このように、住生活基本計画は、単に建物の性能向上を目指すだけでなく、居住者の日常生活や、周辺の居住環境全体を包括的に向上させることを目標としています。
ステップ3、計画の策定プロセスと期間について
多様な意見を反映するプロセス
このように重要な計画は、国(国土交通省)だけで策定されるわけではありません。法律(住生活基本法 第十五条第三項)により、専門家や国民の意見を幅広く反映させるための手続きが定められています。
専門家の意見聴取
医療の専門家である医師に健康相談をするように、国も、住宅やまちづくりに関する専門家が集う「社会資本整備審議会」に諮問し、その意見を聴取することになっています。専門的知見に基づいた計画策定を図るためです。
社会資本整備審議会とは
学識経験者、業界関係者、消費者代表などが委員となり、国土交通省が所管する社会資本(道路、河川、住宅、都市公園など)の整備に関する重要政策について、調査審議を行う国土交通大臣の諮問機関です。(住宅政策については、多くの場合、その下部組織である住宅宅地分科会などが担当します)
地方公共団体の意見聴取
日本は地域によって気候風土や社会状況が異なります。そのため、全国画一的な計画とならないよう、各都道府県知事の意見を聴取することも義務付けられています。これにより、地域の実情や課題を計画に反映させることを目指しています。
このように、専門的知見と地域の実情という、双方の意見を丁寧に聴取しながら計画案が練り上げられ、最終的に内閣(閣議)で決定されるという、透明性の高いプロセスが採用されています。
(根拠法令、住生活基本法 第十五条第三項)
計画期間と見直しの仕組み
計画は、一度策定されたら固定されるものではありません。社会情勢の変化に柔軟に対応していく必要があります。
計画期間は原則10年間
法律(住生活基本法 第十五条第五項)に基づき、計画期間は10年間と定められています。これにより、長期的な視点に立った政策展開が可能となります。
おおむね5年ごとに見直し
ただし、社会経済情勢の変化は速いため、10年間固定ではなく、計画の進捗状況や目標達成度を検証し、必要に応じて内容を見直すこととされています。その見直しのタイミングが「おおむね五年」(住生活基本法 第十五条第六項)と規定されているのです。
見直しはなぜ必要か
計画策定時には予測し得なかった新たな社会課題(例、大規模自然災害の発生、感染症の世界的流行など)への対応や、技術革新の反映、計画の進捗を踏まえた目標の再設定などを行うためです。これにより、計画が常に現状に即した実効性のあるものとなるよう維持されます。自動車の定期点検のように、計画の状態を定期的に確認し、必要に応じて調整を行うイメージです。
現在の状況
現行の計画は2021年3月に閣議決定され、2030年度までを計画期間としています。そして、その中間点である「おおむね5年後」が2026年頃にあたります。そのため現在、次期計画期間(2026年度~2035年度)を見据えた計画の見直しに関する議論が進められている状況です。
本章のまとめ、計画の基本特性
ここまで、「住生活基本計画」の基本的な性格について解説してまいりました。要点を以下に整理します。
計画の根拠と位置づけ
法律(住生活基本法)に基づき国が策定する、住宅政策に関する最も基本的な計画です。
目標の方向性
かつての「量の確保」から、現代社会のニーズに応じた「質の向上」へと重点が移行しています。
安全性、快適性、環境配慮、多様なニーズへの対応、良好な居住環境の形成など、極めて広範な視点から「質」を捉えています。
策定プロセスと期間
専門家や地方公共団体の意見を聴取する透明性の高いプロセスを経て策定されます。
計画期間は10年ですが、社会情勢の変化に対応するため、おおむね5年ごとに見直しが行われます。
この計画は、日本の将来における「住まい」と「暮らし」のあり方を示す、いわば「国家レベルの設計図」であり、「政策実行計画」でもあります。したがって、まちづくりに携わる私たちにとって、その内容を深く理解しておくことは、適切な事業展開や地域貢献を行う上で不可欠と言えるでしょう。
さて、この基本を踏まえた上で、次に現行計画(2021年~2030年)が、具体的にどのような「質の向上」を目指し、どのような目標を掲げているのか、その詳細について見ていくことにいたします。
2.現行計画(2021~2030年)が目指すもの、具体的な目標
前の章で、「住生活基本計画」が法律に基づく国の重要な計画であり、「量」から「質」へと目標が変化し、定期的に見直されることをご理解いただけたかと存じます。
それでは、現在効力を持つ計画、すなわち2021年3月に閣議決定され、2030年度までを計画期間とする現行計画は、具体的にどのような「質の高い暮らし」の実現を目指しているのでしょうか。国は、現在の日本の社会状況を分析し、特に重要と考えられるいくつかのテーマに基づき、具体的な目標を設定しています。ここでは、その主要なテーマと目標について解説いたします。
テーマ1、変化する社会環境への的確な対応
現代社会は、技術革新や社会構造の変化、そして予期せぬ出来事などにより、常に変動しています。こうした変化に住宅政策として的確に対応し、国民生活の安定と向上を図ることを目指す目標群です。
目標1、多様化する働き方、暮らし方に応える住まいの実現
この目標設定の背景
新型コロナウイルス感染症の世界的な流行は、私たちの働き方や暮らし方に大きな変化をもたらしました。在宅勤務(テレワーク)やオンライン学習が普及し、住宅に求められる機能も、単なる居住空間から、仕事や学びの場としての役割も加わりました。また、情報通信技術(ICT)の飛躍的な進展(これをDX、デジタルトランスフォーメーションと呼びます)は、生活の利便性を向上させる大きな可能性を秘めています。こうした変化に対応し、より豊かで多様な住まい方を支援する必要があると考えられました。
DX(デジタルトランスフォーメーション)とは
デジタル技術(AI、IoT、クラウド等)を活用して、業務プロセスやビジネスモデル、さらには人々の生活様式そのものを変革していく取り組みを指します。住宅、不動産分野でもその活用が期待されています。
目指す取り組みの方向性
テレワークに対応可能な間取りや設備を持つ住宅の供給促進、都市部と地方部の双方に拠点を持つ二地域居住などの多様なライフスタイルの支援、住宅の検索から契約に至るプロセスのオンライン化推進などが挙げられます。不動産関連業務においても、デジタル化への対応が一層求められるでしょう。
目標2、頻発化、激甚化する自然災害への対応力強化
この目標設定の背景
近年、大規模地震や、集中豪雨による洪水、土砂災害などが、日本各地で頻発し、その被害も甚大化する傾向にあります。国民の生命と財産を守り、安全な暮らしを確保するためには、住宅単体の安全性向上(耐震性、耐水性等)とともに、住宅地全体の防災機能強化が不可欠です。こうした認識から、災害への対応力強化が重要な目標として掲げられました。
目指す取り組みの方向性
既存住宅の耐震改修の促進、新築住宅における更なる耐震基準の強化検討、浸水想定区域等における建築規制や移転支援、災害リスク情報を分かりやすく示すハザードマップの整備、周知徹底などが進められています。
テーマ2、全ての居住者とコミュニティへの配慮
次に、年齢や世帯構成、経済状況などに関わらず、全ての人が安心して暮らせる社会、そして人々が支え合う地域コミュニティの形成を目指す目標群です。
目標3、子育て世帯が安心して子供を育てられる環境整備
この目標設定の背景
少子化が進む中で、次代を担う子供たちが健やかに成長できる環境を整備することは、社会全体の持続可能性にとって極めて重要です。住宅の広さや安全性はもちろんのこと、保育施設へのアクセス、公園などの遊び場の確保、地域社会による見守りなど、総合的な子育て支援環境の充実が求められています。
目指す取り組みの方向性
子育て世帯向けの良質な賃貸住宅(ファミリー向け住宅)の供給促進、住宅取得に伴う経済的負担の軽減策(住宅ローン減税等)、子供の安全に配慮したまちづくり(通学路の整備、公園の安全対策等)、地域における子育て支援サービスの充実などが図られています。
目標4、高齢者等が健康で安心して暮らせるコミュニティ形成
この目標設定の背景
日本は世界でも類を見ないスピードで高齢化が進行しています。高齢者が可能な限り住み慣れた地域で、健康寿命を延ばし、安心して自立した生活を送れるよう、住環境整備と地域コミュニティによる支え合いの仕組みづくりが急務となっています。
目指す取り組みの方向性
住宅内の段差解消や手すり設置といったバリアフリー改修への支援強化、高齢者向けの住まい(サービス付き高齢者向け住宅等)の供給促進、地域包括ケアシステムとの連携による医療、介護、生活支援サービスの一体的な提供体制の構築、高齢者の社会参加や交流を促進する地域活動への支援などが進められています。
目標5、住宅確保に困難を抱える人々への支援(住宅セーフティネット機能の強化)
この目標設定の背景
低所得者、高齢者、障害者、外国人、被災者など、様々な理由から自力で適切な住宅を確保することが困難な人々が存在します。こうした人々が居住に困窮することのないよう、社会全体で支えるための仕組み(住宅セーフティネット)の強化が求められています。
住宅セーフティネットとは
住宅の確保に特に配慮を要する人々(住宅確保要配慮者)に対して、公的賃貸住宅の供給や、民間賃貸住宅への円滑な入居支援(家賃補助、家賃債務保証等)、居住支援などを行う、重層的な支援策の総称です。(根拠法、住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律等)
目指す取り組みの方向性
公営住宅等の的確な供給と管理、民間賃貸住宅の空室を活用したセーフティネット住宅の登録促進、家賃債務保証制度の利用促進、居住支援法人等との連携による入居から生活支援までの一貫したサポート体制の構築などが図られています。
テーマ3、住宅ストックの質の向上と住宅産業の持続的発展
最後に、既存の膨大な住宅資産(住宅ストック)を有効に活用し、その質を高めるとともに、それを支える住宅関連産業の健全な発展を目指す目標群です。
目標6、脱炭素社会に向けた住宅循環システムの構築と良質な住宅ストック形成
この目標設定の背景
地球温暖化対策として、2050年カーボンニュートラル実現が国家目標として掲げられています。住宅分野におけるエネルギー消費量削減は、その達成に向けた重要な柱の一つです。省エネルギー性能が高く、耐久性に優れ、環境負荷の少ない「良質な住宅ストック」を形成し、それを適切に維持管理、活用していく社会システム(住宅循環システム)への転換が求められています。
カーボンニュートラルとは
温室効果ガス(CO2等)の排出量から、森林等による吸収量を差し引いた合計を、実質的にゼロにすることを目指す国際的な取り組みです。
住宅ストックとは
現在、国内に存在する全ての住宅(新築、中古、戸建、集合住宅等)の総体を指す用語です。
目指す取り組みの方向性
省エネルギー基準の段階的な強化と適合義務化の推進、高断熱化や高効率設備の導入促進、省エネ性能の高い住宅(ZEH、ネット、ゼロ、エネルギー、ハウス等)の普及拡大、既存住宅の省エネ改修への支援強化、長期優良住宅認定制度の活用促進、炭素貯蔵効果の高い木材利用の推進などが挙げられます。
ZEH(ゼッチ)とは
Net Zero Energy Houseの略称。住宅の断熱性能向上や省エネ設備の導入によりエネルギー消費を抑え、太陽光発電等でエネルギーを創出することで、年間の一次エネルギー消費量の収支を実質ゼロ以下にすることを目指した住宅です。
成果目標の設定
具体的な成果指標として、「住宅ストックのエネルギー消費量を2030年度までに2013年度比で18%削減する」ことなどが目標として設定されています。
目標7、既存住宅流通、リフォーム市場の活性化とマンション管理の適正化
この目標設定の背景
国内の既存住宅ストックは量的に増大していますが、その流通量(売買される割合)は欧米諸国と比較して低い水準にあります。また、空き家の増加も社会問題化しています。既存住宅を有効活用し、適切な維持管理や改修(リフォーム)を行いながら長く使い続ける社会を実現するためには、中古住宅が安心して取引され、質の高いリフォームが行われる市場の活性化が不可欠です。特にマンションにおいては、適切な維持管理が資産価値維持のために重要となります。
目指す取り組みの方向性
建物状況調査(インスペクション)の活用促進による情報開示の推進、一定の基準を満たした中古住宅に対する「安心R住宅」制度の普及、リフォーム市場の健全な発展に向けた環境整備(補助制度、事業者情報の提供等)、マンション管理計画認定制度の活用促進などが進められています。成果目標として、既存住宅流通、リフォーム市場規模を2030年度に14兆円とすることを目指しています。
目標8、住宅関連産業の担い手確保、育成と生産性向上
この目標設定の背景
質の高い住宅供給やまちづくりを持続的に行っていくためには、それを支える建設業をはじめとする住宅関連産業の活力が不可欠です。しかしながら、建設技能労働者(担い手)の高齢化や若年入職者の減少が進行しており、将来的な人材不足が懸念されています。この課題に対応するため、人材の確保、育成とともに、産業全体の生産性向上を図ることが急務となっています。
目指す取り組みの方向性
若年層への建設業の魅力発信や、処遇改善等による入職促進、技能継承のための教育訓練体制の強化、ICT技術(BIM/CIM等)の活用や建設ロボットの導入、工業化(プレファブ化)等による建設現場の生産性向上支援、中小建設事業者の経営力強化支援などが進められています。
本章のまとめ、現行計画が描く未来像
以上のように、現行の住生活基本計画(2021~2030年)は、
社会環境の変化(多様化、災害、デジタル化)に的確に対応し、
全ての居住者(子育て世帯、高齢者、要配慮者)が安心して暮らせる包摂的な社会を目指し、
持続可能な社会の実現に向けて、住宅ストックの質の向上と住宅産業の健全な発展を図る、
という3つの大きな方向性に基づき、8つの具体的な目標を掲げ、日本の住生活の質の向上に向けた取り組みを推進していることがお分かりいただけたかと思います。
それぞれの目標達成に向け、具体的な施策や、場合によっては数値目標(成果指標)も設定されており、国の強い意志が示されています。
しかしながら、計画期間の中間点を迎え、これらの目標の達成状況や、計画策定時には想定されていなかった新たな社会課題への対応状況などを検証する必要があります。その上で、次期計画(2026年の見直し)において、どのような点が重点課題となり、日本の住宅政策がどのように展開されていくのか。次の章では、その未来展望について考察してまいります。
3.じゃあ、これからどうなる? 2026年新計画で注目すべき7つのポイント
前の章では、現行の住生活基本計画(2021~2030年)が、多様な目標を掲げて日本の住まいと暮らしの「質」の向上を目指していることを確認しました。「未来のための種まき」と表現できるような、様々な取り組みが進められているのでした。
さて、いよいよ本題に入ります。その計画も、2026年には見直しの時期を迎えます。社会情勢は常に変化しており、計画もそれに応じて更新していく必要があります。では、次の新しい計画においては、どのような点が、より一層重要なテーマとして浮上してくるのでしょうか。まちづくりに携わる私たちが、特に注目すべき「7つのポイント」について、一緒に考えていきましょう。
注目ポイント1、さらに深刻化する「人口の変化」にどう対応するか
現状の課題認識
日本全体で、子供の数が減少し、高齢者の割合が増加する「少子高齢化」が進行していることは、周知の事実です。これに加えて、一人暮らしの世帯(単身世帯)、とりわけ高齢者の単身世帯が急速に増加しています。この現象が、誰も居住していない家屋(空き家)が増加する大きな要因の一つとなっているのです。
空き家増加の背景
例えば、単身で暮らしていた高齢者が亡くなった後、遠方に住む相続人が家屋を相続しても、管理の負担や利活用の難しさから、そのまま放置されてしまうケースが増加しています。これは、いわば活用されずにタンスの奥にしまい込まれた衣服のような状況と言えるかもしれません。
今後の方向性と展望
次期計画では、こうした人口構造の変化、特に増加する単身世帯や深刻化する空き家問題への対策が、より一層重要な政策課題になると考えられます。
考えられる対策の方向性
単身世帯向けの住まい
高齢単身者でも安心して暮らせるよう、見守りサービスなどを付加した住宅供給の促進や、若年層向けのシェアハウスといった共同居住形態への支援強化などが進む可能性があります。
住み替え支援の充実
広い住宅に一人で住む高齢者が、より管理しやすく生活利便性の高い住居へ移る「住み替え」を、資金面や手続き面から支援する制度の拡充が考えられます。
空き家対策の推進と強化
空き家情報を集約し、利活用希望者へ紹介する「空き家バンク」制度の機能強化や、空き家を改修して賃貸住宅などへ活用する際の支援措置。一方で、周辺環境に悪影響を及ぼす危険な空き家(特定空き家)に対しては、所有者への管理義務の徹底や、場合によっては行政代執行なども含めた、より厳しい措置が検討される可能性もあります。
各地域の具体的な状況を踏まえつつ、どのようにして「眠っている資産(空き家)」を有効に活用し、あるいは適切に管理、処分していくか。地域におけるまちづくりの創意工夫が求められるでしょう。
注目ポイント2、「住宅取得環境の悪化」にどう歯止めをかけるか
現状の課題認識
近年、物価全般の上昇に加え、住宅建設に必要な木材や各種資材(建築資材)の価格が高騰しています。また、将来的な住宅ローン金利の上昇も懸念されており、特に若い世代や子育て世帯にとって、住宅の購入や賃借のハードルが以前よりも高くなっている状況が見られます。
今後の方向性と展望
住宅を取得、あるいは賃借しやすい環境を維持、改善するための政策的支援は、次期計画においても引き続き重要なテーマとなるでしょう。
考えられる対策の方向性
住宅取得支援策
若年層や子育て世帯を対象とした、低利の住宅ローン制度(フラット35など)や補助金制度の継続、あるいは拡充が検討されるかが注目されます。
良質な賃貸住宅の供給促進
持ち家取得だけでなく、安心して長期にわたり居住できる、質の高い賃貸住宅ストックの形成も重要です。家賃補助制度の見直しや供給支援策が考えられます。
中古住宅市場の活性化
新築住宅に偏重せず、中古住宅(既存住宅)を購入し、自分たちのライフスタイルに合わせて改修(リフォーム)するという選択肢を、より魅力的なものにしていく必要があります。既存住宅の品質に関する情報開示(インスペクション結果の表示など)や、「安心R住宅」マーク、長期にわたり良好な状態で使用するための措置が講じられた「長期優良住宅」制度の普及促進などが考えられます。中古住宅市場の活性化は、地域における住宅ストックの循環を促し、まちの新陳代謝にも寄与します。
注目ポイント3、「カーボンニュートラル実現」に向けた取り組みは加速するか
現状の課題認識
2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の達成は、国際的な公約であり、国内政策における最重要課題の一つです。住宅分野はエネルギー消費量が大きい部門の一つであるため、省エネルギー化の推進は喫緊の課題です。現行計画でも重点的に取り組まれていますが、目標達成のためには、さらなる取り組みの加速が求められています。
これは、いわば目標達成の期限(2050年)が迫る中で、より一層の努力(省エネ対策の強化)が求められている状況と例えられるかもしれません。
今後の方向性と展望
次期計画においては、カーボンニュートラルの実現に向けた住宅分野での取り組みが、さらに強化、具体化されることは確実視されます。
考えられる対策の方向性
省エネルギー基準の強化と普及促進
新築住宅に対する省エネ基準の適合義務化の徹底に加え、既存住宅ストックに対する省エネ改修(高断熱化、高効率設備の導入など)を強力に推進する必要があるでしょう。改修促進のための補助制度拡充や、将来的には段階的な義務化なども視野に入ってくる可能性があります。
再生可能エネルギー導入の加速
住宅への太陽光発電設備の設置を、新築を中心にさらに促進するための誘導策(設置義務化の検討、補助制度など)が強化されると考えられます。
ライフサイクル全体でのCO2削減
住宅の建設段階から、居住中、そして解体、廃棄に至るまでの全ライフサイクルを通じてのCO2排出量を評価し、削減していくという視点がより重要になります。長寿命化設計、解体・リサイクルしやすい材料の選択などが求められるでしょう。
木造建築の推進
炭素を貯蔵する効果のある木材を活用した住宅(木造建築)の普及を、引き続き推進する政策が展開されると見られます。
住宅、建設業界に関わる私たちも、この地球規模の課題解決にどう貢献していくか、技術開発や事業展開において真剣に取り組む必要があります。
注目ポイント4、「デジタルの力(DX)」は住まいと暮らしをどう進化させるか
現状の課題認識
スマートフォンの普及やインターネット技術の進展に見られるように、デジタル技術(DX、デジタルトランスフォーメーション)は社会のあらゆる領域に浸透しています。住宅、不動産分野においても、その活用の余地は非常に大きいと考えられます。
今後の方向性と展望
次期計画では、DXを住宅分野においてさらに加速させ、生産性の向上、利便性の向上、そして新たなサービスの創出を図るための施策が展開されると予想されます。
考えられる対策の方向性
建設プロセスのデジタル化
BIM/CIM(3次元モデルを活用した設計、施工、維持管理)の活用推進、ドローンによる測量や進捗管理、建設ロボットの導入支援などにより、建設現場の生産性向上や安全性向上が期待されます。
スマートホームの普及と標準化
住宅内の設備(照明、空調、給湯、セキュリティなど)をネットワークで接続し、スマートフォンなどから制御、管理する「スマートホーム」技術の普及がさらに進むでしょう。異なるメーカーの機器間での連携を容易にするための標準化なども課題となります。
不動産取引、手続きのオンライン化
賃貸借契約や売買契約における重要事項説明のオンライン実施の普及、登記手続きの電子化など、不動産に関する各種手続きの利便性向上が図られるでしょう。
住宅履歴情報の整備と活用
住宅の設計、建設、維持管理、改修などの情報を記録、蓄積する「住宅履歴情報」の整備、標準化を進め、住宅の資産価値評価や適切な維持管理、中古住宅流通の円滑化などに活用していく動きが加速すると考えられます。
デジタル技術の進展は、私たちの業務プロセスや顧客への提供価値を大きく変える可能性を秘めています。
注目ポイント5、「既存住宅ストック」の活用をどう進めるか
現状の課題認識
日本には膨大な数の住宅(住宅ストック)が存在しますが、その中には老朽化が進んだものや、適切な管理がなされずに空き家となっているものも少なくありません。新築住宅の建設が続く一方で、既存ストックが有効活用されていない現状は、資源の有効活用や持続可能性の観点から大きな課題です。
これは、クローゼットに多くの衣服(既存住宅)がありながら、着られずに放置されている服(空き家)も多いのに、さらに新しい服(新築)を買い足しているような状況に例えられるかもしれません。
今後の方向性と展望
次期計画では、こうした「もったいない」状況を改善し、既存住宅ストックを適切に維持管理し、有効に活用していく「ストック活用型」の住宅政策への転換が、より一層鮮明になると考えられます。
考えられる対策の方向性
維持管理と長寿命化リフォームの促進
既存住宅の適切なメンテナンスや、耐震性、省エネ性、バリアフリー性能などを向上させるリフォームを支援し、住宅の寿命を延ばしていく取り組みが強化されるでしょう。
空き家対策の総合的な推進
増加する空き家を、単なる問題としてではなく、地域資源として捉え直す視点が重要です。利活用可能な空き家については、改修支援やマッチング支援(「空き家バンク」の機能強化など)を通じて再生を図る一方、管理不全で危険な空き家(特定空き家)に対しては、所有者責任の明確化や行政による指導、勧告、命令、さらには代執行といった措置の強化も進められると考えられます。
中古住宅流通市場の整備
安心して中古住宅を売買できる市場環境の整備(ポイント2参照)も、ストック活用の重要な要素です。
新たなものを生み出すだけでなく、今あるものを賢く、長く使い続ける。持続可能な社会の実現に向け、まちづくりにおける発想の転換が求められます。
注目ポイント6、「多様化するライフスタイル」にどう応えるか
現状の課題認識
働き方や価値観が多様化する中で、住まいに対するニーズも画一的ではなくなっています。例えば、都市部と地方に拠点を持ち、双方を行き来する「二地域居住」、一つの住居を複数人で共有する「シェアハウス」、あるいは多世代が近隣に住み互いに支え合う暮らしなど、従来の枠にとらわれない様々なライフスタイルが広がりつつあります。
今後の方向性と展望
次期計画では、こうした多様なライフスタイルや居住ニーズに、社会として柔軟に対応し、それを支援していくための政策が求められるでしょう。
考えられる対策の方向性
新たな居住形態への支援
二地域居住者に対する税制上の配慮や、交通費補助などの検討。シェアハウス等の共同居住に関するガイドライン策定や、安全、衛生基準の明確化。多世代での同居や近居を促進するための住宅改修支援や、税制優遇措置などが考えられます。
生活支援サービスとの連携強化
住宅(ハード)だけでなく、そこに住む人々の暮らし(ソフト)を支える視点が不可欠です。高齢者向け住宅における医療、介護サービスとの連携、子育て支援住宅における保育サービスとの連携など、「住まい」と「生活支援サービス」が一体的に提供される仕組みづくりが推進されるでしょう。
コミュニティ形成の促進
地域住民同士の交流や支え合い(共助)を育むような、共用スペースを持つ集合住宅の設計や、地域活動を支援する仕組みづくりなど、コミュニティ形成に配慮した住環境整備も重要なテーマとなります。
これからのまちづくりは、単に建物を供給するだけでなく、そこに展開される多様な「暮らし」そのものをデザインしていく視点が、ますます重要になってきます。
注目ポイント7、「住宅産業の担い手」をどう確保、育成するか
現状の課題認識
質の高い住宅や良好なまちづくりを実現するためには、それを実際に建設し、支える建設業や不動産業といった関連産業の活力維持が不可欠です。しかしながら、建設業を中心に、就業者の高齢化や若年層の入職者減少による「担い手不足」が深刻な問題となっています。
今後の方向性と展望
次期計画においても、この担い手不足問題への対応は、住宅政策の根幹に関わる重要課題として位置づけられるでしょう。将来にわたって質の高い住宅供給体制を維持するために、人材の確保、育成と、産業全体の生産性向上に向けた取り組みが求められます。
考えられる対策の方向性
魅力向上と人材確保、育成
若年層に対して建設業の魅力や社会的意義を伝え、入職を促進するための広報活動や教育連携の強化。技能労働者の処遇改善や、働きがいのある環境整備。外国人材の適正な受け入れと活躍促進などが考えられます。
生産性向上の推進
デジタル技術(BIM/CIM、建設ロボット等)の導入支援、部材の工場生産化(プレファブ化)の推進、効率的な施工管理手法の開発、普及などを通じて、少ない人数でも質の高い建設を可能にするための取り組みが強化されるでしょう。
地域建設業の支援
地域の住宅供給やインフラ維持に重要な役割を果たす中小建設事業者に対する、経営基盤強化や技術力向上への支援も継続されると考えられます。
質の高い住環境の未来は、それを支える「人」と「技術」にかかっています。その基盤をいかに維持し、発展させていくか、産官学が連携して取り組むべき課題です。
まとめ、未来の設計図を描く視点
ここまで、2026年の新しい住生活基本計画で見直し、強化されるであろう「7つの注目ポイント」について考察してきました。
人口構造の変化(少子高齢化、単身世帯増、空き家問題)への本格的な対応
住宅取得、賃借の負担軽減と市場環境の整備
カーボンニュートラル達成に向けた省エネ、再エネ導入の加速化
DX(デジタルトランスフォーメーション)による住宅、不動産分野の革新
既存住宅ストックの有効活用と循環システムの構築
多様化するライフスタイル、居住ニーズへの柔軟な対応
住宅関連産業の担い手確保、育成と生産性向上
これらの課題は相互に関連し合っており、総合的な視点での政策展開が求められます。次期住生活基本計画は、これらの複雑な課題に立ち向かい、2030年代、さらにその先の2050年を見据えた日本の住宅政策の方向性を定める、極めて重要な計画となります。
私たち、まちづくりに携わる者にとっても、この国の政策動向を的確に把握し、地域の実情に合わせて、どのような貢献ができるかを常に考え、実践していくことが不可欠です。次の章では、これまでの議論を総括し、住生活基本計画が私たちの仕事や社会全体に対して持つ意義について、改めて考察を深めたいと思います。
まとめ、住生活基本計画を「まちづくり」の力にするために
これまで、国の重要な住宅政策の指針である「住生活基本計画」について、その基本的な性格から現行計画の内容、そして2026年の見直しに向けた今後の展望まで、順を追って考察してまいりました。
一見いたしますと、国が定める大きな計画は、私たちの日々の業務や、担当する地域のまちづくりとは、距離があるように感じられるかもしれません。しかし、本稿で見てまいりましたように、この計画は決して遠い存在ではなく、私たちの仕事に深く関わり、未来を切り拓く上で強力な羅針盤となり得るのです。最終章として、この住生活基本計画を、私たちの「まちづくり」の現場で具体的にどのように活かしていくことができるのか、その意義と可能性について改めて考えてみましょう。
なぜ、国の計画を学ぶことが重要なのでしょうか
国の計画、特に住生活基本計画を理解することには、単に知識を得る以上の、実践的なメリットがございます。それは、日々の業務をより的確に、そして戦略的に進めるための、いわば「有効なツール」を手に入れることに他なりません。
計画を理解するメリット | 具体的な活かし方の例 | 例えるならば… |
---|---|---|
未来の社会動向と政策の方向性を把握できる | 中長期的な視点での事業計画立案、リスク管理(人口減少、環境規制強化への備え)、新規事業分野の検討 | 天気予報(計画)を確認し、将来の天候(社会動向)に備え、適切な服装や持ち物(事業戦略)を準備すること |
プロジェクトの「大義名分」と「説得力」が増す | 地域住民への説明会における合意形成支援、行政協議における事業の必要性、妥当性の補強、社内での企画承認プロセス円滑化 | 治療方針(プロジェクト)を説明する際に、患者(住民、行政)の全体的な健康状態(社会背景)と医学的な指針(国の計画)に基づいて説明すること |
法的根拠に基づいた事業展開が可能になる | 都市計画法や建築基準法等の関連法規の改正動向予測、補助金や優遇税制等の活用検討、コンプライアンス(法令遵守)体制の強化 | ゲームのルール(法律)だけでなく、ゲーム全体の目的や今後のアップデート情報(計画)を把握し、より有利かつ安全にプレイを進めること |
新たなビジネスチャンスを発見できる可能性がある | 計画が重点を置く分野(省エネ改修、DX関連サービス、高齢者向け住宅、空き家活用ビジネス等)への新規参入や事業拡大の検討 | 宝の地図(計画)を詳細に読み解き、まだ未開拓の有望な領域(新規事業)を発見すること |
計画を「知る」から「活かす」へ、現場での実践に向けて
肝要なのは、計画の内容を単に知識として「知る」段階に留まらず、それを日々の「まちづくり」の実践へと「活かす」意識を持つことです。具体的にどのような場面で活用できるでしょうか。
プロジェクトの企画、立案段階において
新しいまちづくりプロジェクトを企画する際、住生活基本計画が示す重点課題(例えば、カーボンニュートラルへの貢献、地域包括ケアシステムとの連携、DXの導入など)を事業コンセプトに戦略的に組み込むことで、そのプロジェクトの社会的な意義や先進性を高めることができます。これは、各種補助金の申請や行政との許認可協議等においても、有利に作用する可能性があります。
地域住民との合意形成のプロセスにおいて
市街地再開発事業などを推進する上で、地域住民の方々のご理解とご協力を得るプロセスは極めて重要です。なぜ今、この事業が必要なのかをご説明する際に、単に事業計画の内容だけでなく、「国の大きな方針としても、人口減少や建物の老朽化といった課題に対応するために、このようなまちづくりが求められているのです」といった、より広い社会的文脈からの説明を加えることで、住民の方々の納得感を醸成しやすくなるでしょう。
行政機関との連携、協議の場面において
国が示す政策の方向性と連動した事業提案は、都道府県や市町村といった行政機関との円滑な連携、協議を進める上で有効です。地域の都市計画マスタープランや立地適正化計画など、自治体が策定する各種計画との整合性を示す際にも、その上位計画である住生活基本計画への深い理解は、大きな助けとなります。
社内での人材育成、情報共有の観点から
住生活基本計画のような国の重要な政策動向に関する知識は、担当者個人の専門性を高めるだけでなく、組織全体として共有すべき基盤情報です。若手社員へのOJTや研修プログラム、部署内での勉強会などを通じて、組織全体の政策動向への感度と対応能力を高めていくことが望まれます。
未来を創る、私たちの役割と責務
住生活基本計画は、国が描く未来の社会像、住生活像を示す設計図です。しかし、その設計図を現実の豊かな街並みや質の高い暮らしとして具現化していくのは、まさにまちづくりの最前線に立つ私たち一人ひとりの実践にかかっています。オーケストラに例えれば、国が示す計画は全体の楽譜(スコア)であり、私たちはそれぞれの地域やプロジェクトという楽器を担当し、その楽譜を深く理解し、地域の実情に合わせて最高の演奏(まちづくり)を目指す演奏者と言えるでしょう。全体のハーモニーを意識しつつ、自らのパートで最高のパフォーマンスを発揮することが求められているのです。
変化が激しく、将来予測が困難な時代であるからこそ、確かな羅針盤(住生活基本計画)を手にし、社会全体の潮流を的確に読み解きながら、担当する地域やプロジェクトにとって最適な航路(まちづくり戦略)を見定めていく必要があります。計画の策定、改定の動向に常に注意を払い、得られた知見を日々の業務に主体的に反映させていくこと。それこそが、これからの時代に求められる、専門性を有したまちづくり担当者の責務であると考えます。
私たちの仕事が、単なる物理的な空間整備に留まらず、そこに住まう人々の幸福、地域社会の持続的な発展、そしてより良い社会全体の実現に貢献していく。その崇高な目標に向かって、国の示す大きな方向性を指針とし、現場で培った知恵と情熱を融合させながら、関係各位と連携し、より良いまちづくりを推進してまいりましょう。