実践まちづくりファシリテーション講座

NPOと行政の「協働」がうまくいかない本当の理由:善意だけでは埋まらない構造的ギャップを乗り越える

第1章:はじめに:「良かれと思ったのに…」なぜNPOと行政の協働は“協”働になってしまうのか?

その気持ち、痛いほどわかります

「地域のために、何か新しいことを始めよう」。そんな高い志を持って、NPOとの協働事業に踏み出した。最初は期待に胸を膨らませていたはずなのに、なぜかプロジェクトは前に進まず、関係者との会議はいつも重苦しい空気に包まれる。

NPOの方々の熱意は本物です。地域課題に対する情熱、そして現場に密着した活動には、心から敬意を表したくなる。しかし、いざ事業を一緒に進めようとすると、どうにも話が噛み合わない。

「想いはわかりますが、そのやり方では条例の規定上、難しいです」「まずは、しっかりとした事業計画と見積もりを…」「すみません、そのスケジュールでは内部の決裁が間に合いません」。

あなたが何度も口にしてきたであろう、これらの言葉。それは、行政組織の一員として、法律や予算、手続きといった「ルール」を守るために発せられた、ごく当然の言葉のはずです。しかし、その言葉を重ねるたびに、相手の顔が曇り、情熱の炎が少しずつ消えていくのを感じる。そして、あなた自身の心もまた、理想と現実の板挟みですり減っていく。そんな経験はありませんか。

あなたのせいではありません

いつしか「協働」、つまり力を合わせて共に働くはずだった関係は、お互いが疲弊し、苦労を共にするだけの「“協”働」になってしまっている。そして多くの真面目な職員が、「自分の調整能力が低いからだ」「もっとうまくやれたはずだ」と、自分自身を責めてしまいがちです。

しかし、ここで一度、立ち止まって考えてみてほしいのです。その「うまくいかない」原因は、本当にあなた個人のスキルや、相手方の熱意が足りないといった、属人的な問題なのでしょうか。

私が長年、行政の現場で様々なプロジェクトの浮き沈みを見てきた結論から言うと、答えは明確に「ノー」です。

問題の本質は「構造的なギャップ」にある

NPOと行政の協働がうまくいかない根本的な原因。それは、お互いの熱意や能力の問題ではなく、両者の間に横たわる、あまりにも大きく、そして見過ごされがちな「構造的なギャップ」の存在にあります。

これは、まるで同じ目的地を目指しているはずなのに、お互いが全く違う言語で書かれた地図を手にしているような状態です。片方の地図には「想い」や「理想」が大きく描かれ、もう片方の地図には「ルール」や「手続き」がびっしりと書き込まれている。これでは、前に進もうとすればするほど、お互いの位置がズレていってしまうのは当然のことなのです。

この記事では、この「構造的なギャップ」の正体を、一つひとつ丁寧に解き明かしていきます。そして、そのギャップを乗り越え、辛い「“協”働」を、真に価値を生み出す「協創」へと転換するための、具体的で実践的な方法、つまり「ファシリテーション」という名の新しい地図の読み解き方をお伝えします。その構造さえ理解すれば、必ず道は拓けます。あなたのそのもどかしさを、希望に変えるための第一歩がここにあります。

第2章:そもそも見ている世界が違う。NPOの「想い」と行政の「理屈」が衝突する文化的ギャップ

OSが違うコンピュータ同士で話しているようなもの

NPOとの会議で感じる、あの独特の「話の噛み合わなさ」。その根本原因は、お互いの能力や性格の問題ではなく、もっと深い層、いわば組織としての「OS(オペレーティングシステム)」が全く異なることに起因します。

片方は情熱や共感をベースにした「想い」で動き、もう片方は公平性や法律をベースにした「理屈」で動く。これは、設計思想の全く違うコンピュータ同士が、互換性のないデータをやり取りしようとしているようなものです。これでは、どんなに性能の良いコンピュータ(つまり、優秀な担当者)であっても、エラーが頻発するのは当然と言えるでしょう。

では、そのOS、つまり両者を動かしている根源的な文化とは、一体何なのでしょうか。それは、それぞれの組織が背負っている「正義」の違いに集約されます。

NPOの「一点突破の正義」と行政の「公平無私の正義」

「正義」と聞くと大げさに聞こえるかもしれませんが、これは組織が何のために存在し、何を最も大切な価値基準としているか、ということです。NPOと行政では、この「正義」の形が本質的に異なります。

NPOが持つ「一点突破の正義」
NPOの多くは、特定の社会課題、例えば「A地区の貧困家庭の子供たちを救いたい」「Bという病気で苦しむ人たちを支えたい」といった、非常に具体的で切実な課題を解決するために生まれます。彼らの行動原理は「共感」です。目の前で困っている特定の一人を救うためなら、既存のルールを疑い、前例がなければ作り出すことさえ厭わない。これを、私は「一点突破の正義」と呼んでいます。そのエネルギーは、個別の課題解決(つまり、個別最適ということです)において、絶大な力を発揮します。
行政が持つ「公平無私の正義」
一方、行政は地方自治法にも定められている通り「住民福祉の増進」を目的とし、その地域に住む「すべての人」に対して奉仕する組織です。私たちの仕事の根幹には、税金という公のお金を扱う以上、特定の人だけを優遇してはならないという「公平性の原則」があります。常に全体の利益(つまり、全体最適ということです)を考え、法律や条例、そして過去の事例(つまり、前例ということです)という客観的な基準に基づいて判断を下すことが求められます。これは、誰に対しても公平であろうとする「公平無私の正義」です。この正義は、社会全体の安定を保つ上で不可欠なものです。

「創作料理」と「給食」ほどの違い

この二つの正義は、どちらが優れていて、どちらが劣っているというものではありません。どちらも、社会にとって必要不可欠な、尊いものです。問題なのは、この二つの正義が、何の翻訳もなしに正面からぶつかってしまうことにあります。

これは、料理に例えると分かりやすいかもしれません。NPOの活動は、シェフが目の前のお客様の「こんなものが食べたい」というリクエストに応え、最高の食材とインスピレーションで作る「創作料理」のようなものです。一方、行政の仕事は、栄養バランス、アレルギー、予算、調理時間といった様々な制約の中で、すべての子どもたちに安全で公平な食事を届ける「学校給食」に似ています。

もし、給食センターの調理員に「もっと情熱を込めて、今日採れたての高級食材で創作料理を作ってくれ」と頼んだらどうなるでしょうか。あるいは、三ツ星レストランのシェフに「全校生徒分、1食500円以内でアレルギーに配慮した献立を明日までに考えて」とお願いしたらどうでしょう。どちらも、無理難題であることは火を見るより明らかです。協働の現場で起きているすれ違いは、本質的にこれと同じことなのです。

まとめ

「想い」をエネルギーにするNPOと、「理屈」を土台にする行政。この文化的なギャップ、見ている世界の違いこそが、協働を「“協”働」たらしめている最大の要因です。相手を「理屈っぽい」「話が通じない」と切り捨てたり、逆に「情熱だけで無責任だ」と断じたりするのは簡単です。しかし、それでは永遠に溝は埋まりません。大切なのは、まず「私たちは違うOSで動いているのだ」という事実を冷静に認識すること。この違いを理解し、尊重することこそが、真の協働に向けた全ての始まりなのです。

第3章:なぜいつも話が噛み合わないのか?事業のスピード感と意思決定プロセスの致命的な非対称性

「明日までに決めてほしい」が引き起こす断絶

前章では、NPOと行政の「文化的なギャップ」についてお話ししました。そして、その文化の違いが最も顕著に、そして最も頻繁に表れるのが、事業を進める上での「スピード感」の違いです。

NPOの担当者から、活き活きとした表情でこう言われた経験はありませんか。「素晴らしいアイデアを思いつきました。すぐにでも始めたいので、明日までに市として協力できるか決めてもらえませんか」。

その熱意は嬉しい。アイデアも素晴らしい。しかし、その言葉を聞いた瞬間、あなたの頭の中では、「無理だ…」という言葉と共に、稟議書、関係各課への根回し、予算要求、上司への説明といった、果てしなく続く内部手続きのリストが駆け巡ったはずです。「行政は動きが遅い」。そう言われるたびに、あなたはきっと心の中で「私たちの仕事が、どれだけ複雑で慎重さを要するものか!」と叫びたくなっていたことでしょう。

ではなぜ、これほどまでに時間の流れ方が違うのでしょうか。その鍵は、それぞれの「意思決定プロセス(つまり、物事を決めるための手順)」を比較してみると、驚くほど明確になります。

「リニアモーターカー」と「各駅停車の貨物列車」

両者の意思決定プロセスは、乗り物に例えると非常に対照的です。NPOは「リニアモーターカー」、行政は「各駅停車の貨物列車」と言えるでしょう。

NPOの意思決定:リニアモーターカー型
多くのNPO、特に小規模な団体では、代表や理事長といったトップに権限が集中しています。現場で生まれた良いアイデアは、すぐにトップに伝わり、その場で「よし、やろう」と鶴の一声で決まることも少なくありません。意思決定のルートが短く、直線的。まさに、一直線に目的地を目指すリニアモーターカーのようなスピード感です。この迅速さは、変化の激しい社会課題に即応するための大きな武器となります。
行政の意思決定:各駅停車の貨物列車型
一方、行政のプロセスは、重い貨物を慎重に運ぶ長大な列車のようなものです。まず担当者が起案し、係長、課長、部長といった上司の決裁を一つひとつ得ていく「稟議」という名のレールを進みます。途中、「財政課」という駅で予算のチェックを受け、「法制担当課」という駅で法的な問題がないか確認し、時には「議会」という大きなターミナル駅での承認まで必要になります。一つひとつの駅で安全確認(つまり、公平性や正確性、説明責任が果たせるかの確認)を行うため、どうしても時間がかかります。しかし、この慎重なプロセスこそが、行政の信頼性を担保しているのです。

すれ違いが「致命傷」に変わる時

この「時間の流れ方の非対称性」は、単に「待たされる」というストレスを生むだけではありません。放置すれば、プロジェクトそのものを頓挫させかねない「致命傷」になり得るのです。

例えば、NPOが「今しかない」という絶好のタイミングで補助金の公募を見つけてきたとします。しかし、行政側の意思決定が間に合わず、申請期間が過ぎてしまったら。それは、単なる機会損失(つまり、チャンスを逃すこと)に留まらず、「行政のせいでダメになった」という拭いがたい不信感を相手に植え付けてしまいます。

逆に、行政が時間をかけて内部調整を終え、ようやく「やりましょう」と返事をした時には、NPO側の熱意が冷めていたり、状況が変わってしまっていたりすることも珍しくありません。お互いが善意で動いているにもかかわらず、この時間軸のズレが、まるで出口のない迷路に迷い込んだかのように、両者の関係性を少しずつ蝕んでいくのです。

まとめ

この致命的なすれ違いは、どちらかが悪いわけでは決してありません。それぞれの組織が持つ構造的な宿命なのです。問題は、この違いをお互いが理解しないまま、自分の組織の時間感覚を相手に押し付けてしまうことにあります。リニアモーターカーに乗っている人に、貨物列車の駅員が「なぜ安全確認をしないのだ」と怒っても話は通じませんし、その逆もまた然りです。重要なのは、まずお互いが違う種類の乗り物に乗っていることを認め合うこと。そして、お互いの運行ダイヤ(つまり、スケジュールのこと)を事前に共有し、現実的な運行計画を一緒に立てていくこと。その調整役こそ、二つの世界を知るあなた、行政職員が担うべき重要な役割なのです。

第4章:「こんなはずでは…」で終わる協働プロジェクト、現場で見てきた3つの典型的な失敗パターン

これは、どこかの誰かの話ではない

これまでの章で、NPOと行政の間に横たわる「文化的ギャップ」と「時間的なギャップ」について解説してきました。これらは単なる理論ではありません。この構造的なギャップを理解しないままプロジェクトを進めると、現場では具体的にどのような「悲劇」が起きるのでしょうか。

ここでは、私が行政職員として、あるいは様々な自治体の相談に乗る中で、実際にこの目で見てきた、あまりにも多く繰り返される典型的な失敗のパターンを3つ、ご紹介します。これは決して他人事ではありません。あなたの職場や、今まさにあなたが関わっているプロジェクトにも潜んでいるかもしれない、リアルな物語です。

失敗パターン1:『善意の丸投げ』が生んだ、目的不明のゾンビ事業

状況

行政が「地域課題解決の専門家であるNPOの自主性を尊重します」という、聞こえの良い大義名分のもと、事業の目的や達成すべきゴールを具体的に共有しないまま、補助金だけを渡して「あとはお願いします」と事業を丸投げしてしまうケースです。行政側は「面倒なことから解放された」と感じ、NPO側は「自由にやらせてもらえる」と喜び、一見するとWin-Winの関係に見えます。

顛末

NPOは、自分たちがやりたい活動、得意な活動を熱心に行います。しかし、その活動が、行政が本来達成したかった政策目的(例えば、市の総合計画における特定の指標の改善など)に結びついているとは限りません。年度末、担当者であるあなたは、NPOから提出された活動報告書を見て愕然とします。「活動は活発に行われたようだが、それで、市としてどんな成果があったのだろうか…」。目的を見失った事業は、前年度の実績があるからという理由だけで惰性で継続され、誰も幸せにならない「ゾンビ事業」と化していくのです。

根本原因

この失敗の根底にあるのは、「協働」と「委託」の致命的な混同です。行政は、NPOを下請け業者かのように扱い、自分たちが本来果たすべき「目的設定」と「成果の検証」という責任を放棄してしまっています。お互いの「正義」が違うことを認識せず、目的という共通の地図を持たないまま、ただお金だけを渡してしまった典型的な失敗例です。

失敗パターン2:『役割分担の曖昧さ』が招いた、責任の押し付け合い

状況

「地域のために一緒に頑張りましょう」と、お互いの熱意と想いだけでスタートしたプロジェクト。会議は和やかで、夢や理想を語り合っているうちは非常にうまくいっているように見えます。しかし、「誰が、何を、いつまでにやるのか」という具体的な役割分担や責任の所在を、文書などの明確な形で合意しないまま進めてしまいます。

顛末

プロジェクトの途中で、必ず何らかのトラブルや想定外の事態が発生します。例えば、地域住民からのクレーム、経費の予期せぬ増大などです。その瞬間、あれほど和やかだった空気は一変します。「このクレーム対応は、地域とのつながりが深いNPOさんでやるべきだ」「いや、住民への説明責任は行政にあるはずだ」と、責任の押し付け合いが始まります。お互いに不信感が募り、人間関係は悪化。プロジェクトは完全に停滞し、空中分解してしまいます。

根本原因

これは、前章で述べた「意思決定プロセス」と「時間の流れ方」の違いを無視した結果です。行政でなければできない手続き(許認可など)と、NPOだからこそできること(当事者への柔軟な対応など)の線引きを怠ったのです。「言わなくてもわかるだろう」という期待が、最悪の形で裏切られたパターンと言えます。

失敗パターン3:『一人のヒーロー』に依存した、属人的プロジェクトの突然死

状況

行政側かNPO側、あるいはその両方に、一人だけ、ずば抜けて熱意と能力、そして人脈を持った「キーパーソン(つまり、中心人物)」が存在するケースです。その人の個人的な頑張りや自己犠牲的な努力だけで、複雑な調整や面倒な実務が処理され、プロジェクトが奇跡的に成り立っています。

顛末

そのヒーローが、人事異動で他の部署へ行ってしまったら。あるいは、燃え尽きてしまい、休職や退職をしてしまったら。その瞬間に、プロジェクトは全ての推進力を失います。彼・彼女の頭の中にしかなかったノウハウや人脈は失われ、後任者は何から手をつけていいか分からず途方に暮れる。あれほど活発だったプロジェクトは、まるで命を失ったかのように、ぴたりと動きを止めてしまうのです。これを、私は「プロジェクトの突然死」と呼んでいます。

根本原因

これは、「組織」対「組織」の協働ではなく、「個人」対「個人」の共感に過度に依存した、極めて属人的(つまり、特定の人に依存すること)で脆い関係性だったということです。大変な時こそ、そのプロセスを記録し、誰でも引き継げる「仕組み」を構築する作業を怠ったことが、この悲劇を招きます。

まとめ

いかがでしたでしょうか。「善意の丸投げ」「責任の押し付け合い」「プロジェクトの突然死」。これらの失敗は、一見すると別々の問題に見えるかもしれません。しかし、その根本原因はすべて同じです。それは、NPOと行政の間に横たわる「構造的なギャップ」を直視せず、それを乗り越えるための丁寧な対話と、緻密なプロジェクト設計を怠ったことに尽きます。しかし、逆に言えば、これらの失敗パターンは、その構造を理解し、事前に「正しい問い」を立てることさえできれば、十分に避けることが可能なのです。では、その「正しい問い」とは一体何なのか。次章では、いよいよギャップを強みに変えるための具体的な処方箋についてお話ししていきます。

第5章:ギャップを「強み」に変える。行政職員が身につけるべき「協働ファシリテーション」という翻訳術

あなたは「調整役」ではなく「翻訳家」である

これまでの章で、NPOと行政の間に横たわる根深い「構造的ギャップ」と、それが引き起こす典型的な失敗パターンを見てきました。「もう、うんざりだ…」と感じた方もいるかもしれません。しかし、ここからが本題です。そのギャップは、決して乗り越えられない壁ではありません。むしろ、その存在を前提とし、適切にマネジメントすることさえできれば、両者の違いをプロジェクトの「強み」に変えることすら可能なのです。

その鍵を握るのが、行政職員である、あなたの役割です。あなたは、単に双方の間に立ってスケジュールを調整する「調整役」ではありません。異なる言語と文化を持つ二つの国を繋ぐ、高度なスキルを持った「翻訳家」。そして、議論をゴールへと導く羅針盤を持った船長、すなわち「ファシリテーター」なのです。この役割認識を持つことが、すべてを変える第一歩となります。

「協働ファシリテーション」とは、この翻訳家、そしてファシリテーターとしての役割を果たすための具体的な技術体系です。ここでは、その中核となる3つの実践的な技術をご紹介します。

技術1:『目的』を翻訳し、共通の地図を作る

失敗パターン1の「ゾンビ事業」は、お互いが違う目的地を目指していることから生じました。これを防ぐ鍵は、プロジェクトの最初に「なぜ、我々はこの事業をやるのか(Why)」を徹底的に共有し、共通の地図を作り上げる作業にあります。

あなたの役割は、NPOが語る「想い」を行政の言葉に翻訳し、逆に行政が使う「理屈」をNPOが共感できる言葉に翻訳することです。例えば、行政の計画書にある「市民の健康寿命の延伸に寄与する」という言葉を、NPOの人たちに「この街のおじいちゃん、おばあちゃんが、一日でも長く自分の足で散歩できる、そんな日常を守ることです」と翻訳して伝える。逆にNPOの「子どもたちの居場所を作りたい」という想いを、「市の総合計画における児童福祉分野の目標達成に繋がる、極めて重要な取り組みです」と翻訳し、上司や財政課に説明するのです。

この丁寧な「目的の翻訳」作業を経て、「プロジェクト憲章」のような、誰の目にも明らかな共通のゴールを一枚の紙にまとめ上げること。この作業をファシリテート(つまり、円滑に進むように支援すること)することが、あなたの最初の、そして最も重要な仕事になります。

技術2:『プロセス』を可視化し、期待値を調整する

失敗パターン2と3の悲劇は、「時間の流れ方」と「役割」の認識がズレていたことから生まれました。これを防ぐためには、お互いのプロセスを隠さずにテーブルの上に出し、現実的な計画を一緒に立てる必要があります。

あなたの役割は、行政の「各駅停車の貨物列車」(稟議、予算査定、議会など)の運行計画表を正直に相手に見せることです。「このお金を使うためには、最低でもこれだけのプロセスと時間が必要です」と具体的に示す。同時に、NPO側の「リニアモーターカー」的な動き方の長所と短所も理解し、「このタイミングでなら、皆さんのスピード感を活かせますね」と提案するのです。

このプロセスを経て、「いつまでに、誰が、何をやるのか」を明確にした、双方合意の上の工程表を作成します。これは、お互いに「これ以上は無理だ」という現実的な期待値を共有する作業、いわゆる「期待値調整」です。これがあるだけで、「まだですか?」という不毛なストレスや、「言った、言わない」という責任の押し付け合いは劇的に減るはずです。

技術3:『対立』をエネルギーに変え、合意を形成する

文化も正義も違う両者が協働すれば、意見が対立するのは当然です。多くの人は、この対立を「悪いこと」だと考え、避けようとしたり、感情的になったりします。しかし、優れたファシリテーターは、この対立を「より良い結論を生むためのエネルギー」へと転換します。

あなたの役割は、感情的な言葉のぶつかり合いを、冷静な「論点(イシュー)」の対立へと整理することです。「〇〇さんのご意見は、事業の公平性を重視する、という視点ですね。一方、△△さんのご意見は、目の前の課題への即時対応を重視する、という視点ですね。どちらもこの事業にとって欠かせない重要な論点です。では、この二つを両立させる方法はありませんか?」と問いかけるのです。

対立する両者を論破するのではなく、両者の意見を尊重し、受け止め、その根底にある価値観を翻訳して全員に提示する。そして、一段高い視点から、全員が納得できる「第3の道」を探す旅へと、議論を導いていく。これこそが、合意形成におけるファシリテーションの真骨頂です。

まとめ

「目的の翻訳」「プロセスの可視化」「対立のエネルギー転換」。これらの「協働ファシリテーション」の技術は、けっして魔法ではありません。しかし、これまであなたが一人で抱え込んできた多くの問題を解決する、極めて実践的な処方箋です。そして、このスキルはNPO協働の場に限りません。庁内の難しい調整、議会への説明、そして炎上しがちな住民説明会まで、あなたが行政職員として直面する、あらゆる合意形成の場面で一生使える「ポータブルスキル(つまり、どこでも通用する持ち運び可能な能力)」となるでしょう。

もちろん、これらの技術は、本を一度読んだだけで身につくような簡単なものではありません。理論を知ることと、修羅場のような現場で冷静に実践できることの間には、残念ながら大きな隔たりがあります。しかし、その構造を理解し、正しいトレーニングを積むことで、誰もが習得できる技術でもあるのです。あなたのその苦しい経験と、地域を良くしたいという熱意は、このスキルを学ぶ上で、最高の才能になるはずです。

まとめ:「協働」から「協創」へ。構造的ギャップを乗り越えた先にある、まちの未来

あなたの苦悩は、未来への羅針盤になる

ここまで、NPOと行政の協働がなぜうまくいかないのか、その根源にある「構造的ギャップ」と、それを乗り越えるための「協働ファシリテーション」という技術についてお話してきました。

この記事を通じて私がお伝えしたかったことは、突き詰めればたった一つです。あなたが現場で感じている、あのどうしようもない「もどかしさ」や「徒労感」は、決してあなたの能力不足が原因なのではなく、むしろあなたが、この複雑な課題のど真ん中に立つ、極めて重要な存在であることの証だということです。

異なる文化と正義、そして異なる時間の流れ。その二つのプレートがぶつかり合う震源地に立ち、双方の揺れを全身で受け止めている。その苦しい経験こそが、誰にも真似できない、あなただけの羅針盤となり、最高の「翻訳家」になるための礎となるのです。

「力を合わせる」から「価値を創り出す」ステージへ

私たちが目指すべきゴールは、単にお互いの違いを理解し、仲良く仕事をする「協働(Co-operation)」のレベルに留まりません。その先にあるのは、行政の持つ「公平性・継続性・信頼性」という強みと、NPOの持つ「専門性・機動力・当事者性」という強みを掛け合わせることで、これまで誰も生み出せなかった新しい価値を共に創り出す、「協創(Co-creation)」というステージです。

行政だけでは決してできない、一人ひとりの心に寄り添ったきめ細やかな支援。NPOだけでは決して実現できない、地域全体を巻き込む持続可能な仕組みづくり。この二つが掛け合わさった時、1+1は2ではなく、3にも5にもなり得るのです。単発のイベントで終わらない、真に地域に根差した課題解決モデルは、この「協創」の先でしか生まれません。

明日からできる、最初の一歩

「言うは易く、行うは難しだ」と感じるかもしれません。その通りです。これは、決して簡単な道ではありません。しかし、どんなに長い旅も、必ず最初の一歩から始まります。

明日から、あなたに試してほしいことがあります。それは、次にNPOの担当者と話す時、「この人の言葉を、行政の言葉に翻訳するとどうなるだろう?」と、頭の中でシミュレーションしてみることです。あるいは、自分が当たり前だと思っている稟議や予算要求のプロセスを、一度まっさらな紙に書き出して「可視化」してみることです。

その小さな意識の変化が、あなたの視点を変え、行動を変え、そして周りを変えていくきっかけになります。あなたは、ただの行政職員ではありません。地域課題という複雑な方程式を解き明かし、まちの未来をデザインする、かけがえのないプロフェッショナルなのです。

あなたのその真摯な悩みと、地域を良くしたいという静かな情熱が、このまちの未来を創る最も大きな力となることを、私は心から信じています。

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業務ノート

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